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日本の宿は欧米型ホテルと何が違うのだろうか? そんな素朴な疑問を始め、宿の抱える問題、プランの原価、安いプランの理由など、業界ネタを織り交ぜて、宿のウラ側から日本の宿を考える。
日本の宿には欧米型ホテルとは決定的に違う点があるのをご存じだろうか。それは食事。いわゆる「1泊2食付」のように、宿泊と食事がセットになっているところに特徴がある。
最近では「素泊」や「1泊朝食付」、またはホテルのように宿泊と食事を分離する「泊食分離」などの宿もでてきたが、一般的には「1泊2食付」が主流である。
宿の食事と言えば「上げ膳据え膳」ではないが、昔は寝泊まりする部屋まで料理を運んでもらう「部屋出し(部屋食)」が基本だった。
しかし今では食事処やレストランを利用したり、またリーズナブルなプランでは会食場や(※)バイキングなど、食事を提供する場所に変化が見られるようになった。
宿泊業は具体的な商品、いわゆる「モノ」を販売する業種ではない。 「部屋」を1日(1泊)貸し出し、料理やサービス(おもてなし)などの付加価値を付けた【体験の対価】として料金をいただく業種である。
そこが「モノ」を売る小売業と違う点。どれかひとつでも不備や不満があると、次回からは利用者の選択肢から消えてしまう。
いわば一発勝負。感動を与えることなく不愉快な思いをさせたら次はない。そう考えると、かなり難易度の高い業種ともいえる。
「バイキング」といえばビュッフェ形式の食べ放題のことだが、実は和製英語。日本でしか通用しない。
英語で「All You Can Eat」、ヨーロッパでは「スモーガスボード」と呼ばれ、「バイキング」という言葉からほど遠い。
「バイキング」の元祖は帝国ホテルであるが、支配人がデンマークで「スモーガスボード」を見たことがネーミングの理由とのこと。
北欧といえば「バイキング」というイメージであることと、当時上映されていた映画「バイキング」での豪快な食事シーンが印象に残り、食べ放題を「バイキング」と名付けたそうだ。
業界用語だが、宿泊施設では「部屋」のことを「在庫」と呼んできる。満室であれば「在庫なし」、空き部屋があれば「在庫あり」というように、部屋をひとつの「商品」として定義している。
しかし、この「商品」は限られた日にちしか売れない。さらに1日の販売数には限り(満室で完売)がある。
休前日や特定期間(ゴールデンウィーク・お盆・正月など)は満室になるが、平日になると一握りの施設を除けばガラガラの開店休業状態。
多くの日本人にとって休みは土日祝。特定期間以外でまとまった休みが取れないニッポンのサラリーマン・ウーマン事情があるとはいえ、週休5日、または6日と揶揄する経営者がいるほど、簡単には解決できない深刻な悩みがあるのだ。
旅館業や旅行業界に関わる方には耳の痛い話になるが、一部の例外を除き、日本の宿は自前で予約を増やす努力を怠ってきた。
このように書くと「そんなことはない。ウチは営業努力をしてきた!」と抗議をうけるかもしれない。
断っておくと、非難をすることが目的ではない。日本の宿・温泉宿が「好き」だからこそ、あえて厳しい指摘を…いやタブー的な問題を取り上げるのである。
これを誤解のないように表現すると、
かつて、日本の宿は平日休日問わず、団体客を「送客」してくれる「大手旅行代理店」や、効率のよい「企業(企業の団体旅行)」への営業努力を目一杯してきた。
そんな団体旅行のスケジュールはというと…
大型バスで乗り付け、広い部屋は定員いっぱい。みんなで一緒に入る湯量豊富な大浴場と露天風呂で泳ぎ、夜はドンチャン騒ぎの大宴会。間髪入れず二次会はスナック・パブで歌いまくり、最後はラーメンでシメ。何とか部屋にたどりつき、空いてる布団に潜り込んで朝まで爆睡。
どんな風呂だったか、どんな料理を食べたかの記憶はなく、頭に残るのはドンチャン騒ぎの記憶のみ。まさに昭和世代にとっては懐かしい温泉旅行フルコースである。
「いかに団体客を満足させられるか?」高度成長期からバブル期に建てられた宿の設備を見ればそれは一目瞭然である。
確かに団体客は効率が良かった。大手旅行代理店の要望に応えることが最優先。平日も団体客が入り、宿は儲かる。どんどん施設は巨大化し、さらに代理店・企業という甘い汁に傾斜していったのである。
しかし、この甘い汁には罠があった。一度舐めると簡単には止められないのである。「送客」とはよく言ったものだが、いわば代理店に首根っこを押さえられた完全分業制にほかならない。
その結果、宿は代理店・企業からの「送客」のみ期待するようになる。個人客への「集客努力」をする必要がなかったので集客ノウハウの蓄積はない。
団体旅行全盛という時代背景があったといえ、代理店・企業の「送客」に頼る構図がつい最近まで続いていたのである。
そして現在、国内旅行の形態が大きく様変わりし、団体や企業旅行が大幅に減少。個人や小グループでの旅行が大半を占めるようになった。
追い打ちをかけるように、インターネット予約、特に大手予約サイト(じゃらんネット・楽天トラベル・るるぶ等)の利用が急速に拡大。旅行代理店で予約するケースが減少する。
そうなるとターゲットは個人。いかに小回りのきいたカスタマイズサービスができるかが宿の善し悪しを左右する。
つまり、今まで利点であった「大きな箱」は、一転して欠点、つまりウィークポイントになる。大手旅行代理店の「送客」に頼りきってきたツケが一気に回ってきたのである。
それでも、いち早く営業体制を見直し、個人をターゲットにインターネット予約を取り入れ、大手代理店に頼らない販売ルートを獲得した宿もある。
そのような宿の販売プランは魅力的でリーズナブルなものが多い。
その理由は手数料の差。大手旅行代理店は販売手数料がかなり高い。ちなみにJTBの手数料は13~15%だが、じゃらん・楽天トラベルは10%と3~5%ほど安い。
仮に二人で1万円のプランを利用した場合、5%で1000円手数料が安く済む。その分価格を下げるか、特典または料理のグレードアップ原資に回しているのである。
しかし、新たな問題もある。
個人への集客ノウハウを持たない宿が、旅行代理店という大樹の代わりに、ネットエージェントという新たな大樹に依存しつつあるのだ。
つまり旅行代理店(JTB)がネットエージェント(じゃらん・楽天トラベル)に変わっただけ。
さらにインバウンドという黒船襲来で、外国人観光客という神風も吹いている。
本来、個人販売を基礎体力、団体やインバウンドはボーナスと考えるべきなのであるが、上から垂れてくる「甘い汁」の誘惑は強い。
販売力のあるたくましい宿も増えてきたが、依存体質から脱却できない宿もまだまだ多い。この問題の根はかなり深いのである。
価格は「需要と供給のバランス」によって決まるが、プランの原価っていくらなのだろうか。
かなりブラックボックスだが、商品の原価計算ができるように、宿泊プランの原価計算もできる。
商品の原価が製造原価であるように、宿泊プランの原価は料理原価、つまり「プラン原価=料理の原材料費」と考えることができる。
旅館業における料理の原価率は20~30%程度といわれている。
販売単価に違いはあるが、原価率25%~40%(30%前後なら秀逸)とされる外食産業と数字的にはほぼ同じ。
つまり1万円のプランならば料理原価は2~3千円、プラン原価は2~3千円となるのである。
ちょっと脱線だが…宿にはマグロ信仰(日本人はマグロを食べたがっている)というものがあり、山奥でもマグロのお造りが出る宿がある。
でも冷凍のマグロならば、自宅近所のスーパーでも美味いものが手に入る。せっかくだから、川魚が食べたいと(私は)思うのだが…もし山奥の宿でマグロを見かけたら、「マグロ信仰だなっ」と、微笑んでくださいな(苦笑)
前項で「プランの原価」について述べたが、宿はどれほどの経費がかかるのだろうか。
ちなみに主な経費には下記のようなものがある。
一般的に「人件費」は30%前後といわれ、この割合は全業種ほぼ共通。
旅館業での「水道光熱費」は10~15%といわれている。しかし、この「水道光熱費」に含まれる「燃料代」が問題児、かなり頭の痛い問題なのである。
多くの宿では冷暖房とお風呂にはボイラーを使用している。冷房にボイラー? と思いがちだが、気化熱を利用するこの方法は、昔からあるメジャーな空調手段。
冷暖房可能で、設備投資と電気代が抑制できるメリットがあり、大型施設での導入事例が多い反面、集中方式のため利用客が少なくても消すことができない。
さらにお風呂もある。湧出温度の高い源泉ならいざしらず、温度が低かったり、循環濾過装置を使用するならもう大変。ボイラーは年中稼働状態なのである。
これには多量の重油(A重油・C重油)が使われる。しかも円相場と原油相場によって費用にはかなり幅がある。(円安原油高が最悪ケース)
ちなみに利用の多いC重油の場合、平成6年度(1994)が1kリットルあたり平均15,150円だったものが、平成26年度(2014)には平均67,675円になるなど、じつに4倍以上も高騰しているのだ。
これじゃ、ちょっとやそっとの経費節減ではとても追いつかないレベル。ヘタをしたら「水道光熱費」は15%で収まらない年度もある。
つまり「水道光熱費」「不動産賃貸料」「通信費」「修繕費」「備品費」などを入れた「管理経費」は軽く25%を越えてしまう。
さらに「広告宣伝費」「送客手数料」「消耗品費」などをいれた「営業経費」は15~20%ほど。
施設によって状況は異なるが、「減価償却」「固定資産税」「支払利息」を10~15%ほどとして、最大割合で計算したら…
人件費30%+管理経費25%+営業経費20%+償却・税金他15%=90%
なんと経費だけで90%
そう、宿というのは利用者がいなくても膨大な「経費」がかかる。理屈は空でも飛ばさないといけない飛行機と同じ。料金をディスカウントしてでも利用者を集めないと首が回らなくなるのだ。
でも利益(粗利)は10%残る…と思うが、前項で述べた料理原価20%を忘れてはいけない。
経費90%+料理原価20%=110% ん? 赤字やんけっ!
なんと赤字経営になってしまった。その主な原因は燃料費。原油相場が高騰したらやっていけない。旅館業にとって死活問題なのである。
さらに経費とは別に、バブル期前後の過大な設備拡充によって、金融機関からの膨大な借入残債が残っている宿もある。
華やかなイメージとは裏腹に、想像を越える苦しい経営を強いられている宿は以外と多いのだ。
最後に補足というわけではないが、むろん儲かっている宿もある。利益を出す方法は「集客」と「経費削減」
手数料をできるだけ払わない方法で稼働率を上げ(売上を増やし)、できるだけ余分な経費を削減し、利益を最大限確保する。
非情なことだが、商売の基本ができる宿のみ、生き残れるのだ。
物には適正価格がある。高ければいいというものではなく、また安ければいいというものではない。
しかし現実は、1泊3万円以上のプランもあれば、1泊1万円以下、宿によっては6~7千円というプランも見られ、価格の二極化が進んでいる。
前項で述べたように、旅館業はかなり経費がかかる業種である。低価格プランを実現するためには大幅なコストダウンをしなければならない。
具体的にどのような経費削減策がなされているのかというと…
人員の合理化、料理の合理化、設備の合理化など、身を削る努力を積み重ね、低価格プランを実現しているのである。
新たな問題でも触れたが、日本を訪れる外国人観光客(インバウンド)は年々増加している。温泉宿にも恩恵があると思いがちだが、そう簡単なものではないのだ。
ネックは1泊2食という利用スタイル。
外国人観光客にとって、慣れない日本食、ましてや会席料理のような重い食事を何日も食べ続けるというのは精神的にも金銭的にも容易なことではない。そこに敷居の高さが存在する。
ホテルのように泊食分離であれば、好きな料理を食べることができるし、コストカットもできる。
それが実行できれば空室率の低下には繋がるのだが、実は料理というのは宿にとっては収益源。そう簡単に広めることができないジレンマがあるのだ。
でも、そのようなニーズをとらえ、観光地やスキー場周辺の温泉などに素泊まり・朝食のみのプランを販売する宿も増えてきている。
外国人に限らず、日本人の私たちにとっても選択肢が広がる新しいスタイル。そんな楽しみ方もあり〼。
行きたい宿が満室のときどうすればいいか?
キーワードは「2週間前」と「4日前」
そのタイミングで予約サイトをみたり、直接宿へ電話をすれば予約がとれる可能性がある。
それは何故?
実は、多くの宿ではJTB・近畿日本ツーリストなどの大手旅行代理店を通じて予約を受けているが、2週間前になると残った部屋が宿に返却される。
さらに旅行代理店のプランは4日前からキャンセル料が発生するが、その直前になるとキャンセルが発生するケースがある。そうすると宿に部屋が返却される。
すると宿は戻った部屋をじゃらん・楽天・るるぶ等の予約サイトや直販予約に切り替える。タイミングといってしまえばそれまでだが、予約チャンスがあるのだ。
安くなるウラ技ではないが、予約できるかもしれないウラ技。
100%の保証はないが、一度お試しあれ!